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東京地方裁判所八王子支部 昭和44年(ワ)1062号 判決

原告

保坂正治

被告

株式会社福祉新聞社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

原告「被告らは各自原告に対して金二五五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年六月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言。

被告、主文と同旨の判決

二、請求の原因

1  被告川野昭治郎は、昭和四〇年六月二〇日に普通乗用自動車品川五ふ一二〇〇号を運転して、東京都府中市寿町三丁目四番一号地先道路を進行中、前方注視を怠つた過失により、自車を同地先に停止中の原告所有の自動車(軽四輪ライトバン六多摩あ五三三八号)に追突させ、更に同所にあつた原告所有のコンクリート製屑箱を破損させた。

2  原告は、右事故により、次のような損害を蒙つた。

(1)  車両損害金 二〇七、〇〇〇円

原告所有の前記自動車が大破して使用にたえず、廃棄処分せざるを得なくなつたので、廃棄処分益三、〇〇〇円を控除した車両の時価相当額

(2)  破損したコンクリート屑箱代金 三、五〇〇円

(3)  雑費 四、五〇〇円

廃車するまでの前記自動車の税金 二、五〇〇円

廃車手数料 二、〇〇〇円

(4)  弁護士費用 四〇、〇〇〇円

本件訴訟遂行を弁護士手塚八郎に委任し、これに支払うべき手数料報酬

(5)  右合計金 二五五、〇〇〇円

3  被告株式会社福祉新聞社(以下単に被告会社という)は、被告川野を使用して、その業務として被告川野に本件自動車を運転させていたものであるから、民法第七一五条により、被告川野とともに、本件事故によつて蒙つた原告の損害を賠償する責任がある。

4  よつて被告らに対して、各自金二五五、〇〇〇円と、これに対する不法行為の日から支払済みまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、被告両名の答弁ならびに抗弁

1  請求原因事実の認否

請求原因1の事実中被告川野の運転していた自動車が、原告の自動車に追突して車両等が破損した事実は認めるが、その余の事実は否認する、同2の事実は不知、同3の事実中、被告会社が被告川野を使用していること、同人が被告会社の業務として自動車を運転していた事実は認めるが、損害賠償責任のある事実は否認する。

2  本件事故は、被告川野が自動車を運転して、府中市寿町三丁目四番地交又点を通過しようとした際に、訴外明神雄志郎の運転する大型貨物自動車が、交又点左側から赤信号を無視して進入し、被告川野運転車両の前側面に衝突し、その反動で被告川野の運転する自動車が、駐車中の原告車両に衝突するに至つたものであつて、被告川野には何等の過失がなく、右訴外人の過失によるものである。

3  仮りに被告らに損害賠償責任があるとしても、その請求権は、原告において加害者を知つた事故発生の日から三年を経過した昭和四三年六月一九日の経過とともに時効消滅した。

四、被告らの抗弁事実に対する原告の再抗弁等

1  本件事故が、明神雄志郎の信号無視に起因するものであることは認めるが、被告川野も自動車運転者として充分な注意を用いていれば、原告に対する損害は回避し得たものであつて、被告らにも賠償責任のあることは明らかである。

2  被告会社は、昭和四二年一一月二九日に、本件事故にもとづく損害賠償債務の一部を承認したので、同日時効は中断した。

すなわち、原告は昭和四二年一一月一六日付書面をもつて被告会社に対して、本件事故にもとづく損害金の支払いを求めたところ、被告会社は、同月二九日付の書面をもつて原告に対して、原告の請求に応ずること、但し請求金額のうち、慰籍料等については認められないものもあるから、これらについては再度話し合いのうえ調整する旨の回答をしてきた、したがつて、被告会社は、同日原告の請求の一部を承認したものというべく、本件事故による損害賠償請求権の時効は、同日中断した。

そして、原告はその後代理人を通じて話し合いをしたが問題が解決しないままに経過していたが、昭和四四年六月頃になつて、被告会社は金五〇、〇〇〇円を支払う旨を回答してきたので、原告はそれ以上の金額の支払いを求めたところ、被告会社はこれに応じられないというため、やむなく昭和四四年一〇月二四日本訴を提起するに至つたものである。

したがつて、被告らの時効の抗弁は理由がない。

五、原告の再抗弁事実に対する被告らの主張

原告の時効中断事由の主張事実は否認する。被告会社は、原告に対して本件事故による損害賠償債務の一部を承認したことはない。

被告会社は、原告から昭和四二年一一月一五日付で損害賠償請求の意思表示を受けたので、これに対して、被告としては法律上責任を負担するいわれはないが、原告が全く無関係の第三者であつて、気の毒であつたので、訴訟でも提起されるときは、応訴の費用もかかることを考え、一応話し合いに応じようという趣旨で、同月二九日に、この旨原告に回答したに過ぎず、損害賠償債務の一部を承認したことはない。そして被告会社は、右書面により原告からの話し合いの申入れを待つたが、何らの連絡もないままに経過し、昭和四四年七月頃になつて突然原告代理人から電話で支払つて貰える具体的金額についての照会を受けたので、被告会社は、検討の結果応訴費用を目安として金五〇、〇〇〇円を贈与する旨を電話で回答したものである。

したがつて、被告会社は、当初から本件事故に関しては、被告会社は法律上賠償責任がないものとして、単に原告との話し合いに応じようとしていたに過ぎず、時効中断となるような債務の承認をしたことはない。

六、証拠〔略〕

理由

一、被告川野が、昭和四〇年六月二〇日に原告主張の自動車を運転して府中市寿町三丁目四番一号地先を進行中、同地先に停止中の原告の自動車に衝突して、これを破損した事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、被告らの時効の抗弁についてまず判断するに、〔証拠略〕を総合すると、原告は、本件事故に関する損害について、昭和四二年一一月一六日付書面をもつて被告会社に対して損害賠償として金二八八、八〇〇円を支払うべきことを請求したところ、被告会社は同年同月二九日付書面をもつて、被告会社としては、本件事故は、訴外明神雄志郎の一方的過失による事故であつて、共同不法行為は成立しないと考えているが、被害者である原告が全く無関係の第三者であることに鑑み、明神に対する問題は別としても、原告とはその申入れにそつて語し合いに応ずる用意があること、原告の請求はそれ自体においても認められないものがあり、またその内容金額についても問題があると考えられるので、その点の証明をして欲しい旨を回答したこと、(この事実中、それぞれ書面の往復のあつた事実は争いがない。)、原告は昭和四四年七月頃代理人の弁護士手塚八郎を介して、被告会社に対して、電話で右損害賠償について申入れたところ、被告会社は代理人の弁護士尾崎重毅をして金五〇、〇〇〇円を支払つてもよい旨回答したが、原告から更に同年七月二二日付書面をもつて金五〇、〇〇〇円では承服できないから、その三倍まで支払つて欲しい旨を申入れたところ、被告会社は同月三〇日付書面をもつて原告の希望には応じられないこと及び、金五〇、〇〇〇円は、もし原告から提訴されれば応訴費用としても同額位を要することから、債務の承認とか、時効利益の放棄とかいう趣旨ではなく、見舞金として贈与しようというものである旨を回答したこと、被告会社はこれより先昭和四〇年六月二四日付書面をもつて明神雄志郎に対して、右事故による被告会社の損害について、損害賠償の請求をなしていたことの各事実を認めることができる。そして原告が、本訴を提起したのが、昭和四四年一〇月二四日であることは、当裁判所に顕著な事実である。

右認定事実によれば、被告会社が、昭和四二年一一月二九日付原告に対する書面をもつてした回答は、被告会社が本件事故にもとづく原告の損害について、その責任を認めて債務の一部を承認したものと認めることはできず、むしろ、被告川野に責任はなく、したがつて、被告会社にも責任がないことを前提としつつも、原告の蒙つた損害について、道義的に填補の話し合いに応ずる意思を表示したに過ぎないものと認めるのが相当である。

そして、被告会社が昭和四四年七月頃に、原告に金五〇、〇〇〇円を支払うべきことを伝えたのもこの趣旨をでないものであつて、時効利益の放棄や、債務承認の意思を表したものとは認められない。

したがつて、原告の被告らに対する本件事故にもとづく損害賠償請求権は、他の中断事由については何らの主張立証もないから、原告において加害者を知つた事故発生の日から三年を経過した昭和四三年六月一九日に、時効によつて消滅したものというべきである。

三、よつて、原告の被告らに対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、その理由のないものであるから、これを棄却することとし、訴訟費用負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 滝田薫)

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